イントロダクション

ちかくてとおい、ぼくが住む町のお話

近年、アイヌが注目されている。「アイヌ新法」成立は記憶に新しく、大ヒットコミック「ゴールデンカムイ」により、多くの人がその文化の多様性や自然との共存を大切にする精神性に新たに魅せられている。今年も北海道白老町にオープンしたばかりのアイヌ文化施設「ウポポイ」など、話題が尽きない。
長編デビュー作『リベリアの白い血』で、ニューヨークに渡るアフリカの移民の苦悩を描き、国内外で高く評価された新鋭・福永壮志監督が5年をかけて作り上げた2作目となる今作は、自身が生まれ育った北海道を舞台に、阿寒湖のアイヌコタンで暮らす少年の成長を通して、現代のアイヌ民族のリアルな姿を瑞々しく映し出している。ニューヨーク・トライベッカ映画祭のインターナショナル・ナラティブ・コンペティション部門にて長編日本映画史上初の審査員特別賞を受賞し、審査員である映画監督のダニー・ボイルや俳優のウィリアム・ハートらに絶賛された。
本作にて初主演を果たしたのはアイヌの血を引く新星・下倉幹人。演技は初めてとなるが、力強い眼差しが印象的な主人公・カントを演じ、アイデンティティーにゆれる等身大の役どころに挑戦した。
その他主要キャストもアイヌが務め、カントの父の友人デボに扮するのは、阿寒に暮らし多岐にわたる活躍をみせる秋辺デボ。アイヌの伝統を重んじるデボ役を体現している。カントを優しく見守る母のエミ役は下倉幹人の実の母親でミュージシャンの下倉絵美が担当した。三浦透子、リリー・フランキーら実力派がゲスト出演し、作品に重厚感をもたらせている。

ストーリー

14歳のカントは、アイヌ民芸品店を営む母親のエミと北海道阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らしていた。アイヌ文化に触れながら育ってきたカントだったが、一年前の父親の死をきっかけにアイヌの活動に参加しなくなる。アイヌ文化と距離を置く一方で、カントは友人達と始めたバンドの練習に没頭し、翌年の中学校卒業後は高校進学のため故郷を離れることを予定していた。
亡き父親の友人で、アイヌコタンの中心的存在であるデボは、カントを自給自足のキャンプに連れて行き、自然の中で育まれたアイヌの精神や文化について教え込もうとする。
少しずつ理解を示すカントを見て喜ぶデボは、密かに育てていた子熊の世話をカントに任せる。世話をするうちに子熊への愛着を深めていくカント。しかし、デボは長年行われていない熊送りの儀式、イオマンテの復活のために子熊を飼育していた。

キャスト

カント/下倉 幹人

北海道出身。2004年(H16)生まれ。ドキュメンタリー映画『kapiw と apappo~アイヌの姉妹の物語~』(16年/佐藤隆之監督)に出演。2017年阿寒湖畔を拠点として結成された、中高生中心のバンド「GREEN Bou Grinbo(グリンボウ グリンボ)」でギターボーカルを担当。日本語からアイヌ語に訳したオリジナル曲なども演奏している。

デボ/秋辺 デボ

1960年北海道阿寒湖温泉に生まれる。民芸店を経営しながら阿寒アイヌ工芸協同組合専務理事に就任。木彫、講演活動、観光などを通じて、アイヌ文化の普及に務めている。 さらには、ユーカラ劇脚本・演出家、ロックバンドの歌手、アイヌ舞踏家、アイヌ文化に関しての執筆、高校「アイヌ学」臨時教員、映画『許されざる者』(13年/李相日監督)には俳優として出演。枠に囚われることなくマルチな才能を発揮する。

エミ(母)/下倉 絵美

北海道出身。幼少期より阿寒湖にてアイヌ民族の唄や舞踏、手工芸などに親しむ。1997年以降、歌い手(床絵美)として活動を始め、2006年からは妹の郷右近富貴子とともに「Kapiw & Apappo」を結成。伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞2007短編の部受賞作品『金糸雀は唄を忘れた』(08年/赤羽健太郎監督)、ドキュメンタリー映画『kapiwとapappo~アイヌの姉妹の物語~』(16年/佐藤隆之監督) に出演。アイヌの歌の魅力を伝えている。

OKI(オキ)

トンコリ伝承者、ベーシスト、彫刻家、ペインター。旭川アイヌのOKIは1993年に樺太アイヌの弦楽器トンコリに出会い、演奏と楽器製作を独学で習得。以後、アイヌの伝統を軸足に斬新なサウンドで独自の音楽スタイルを切り開く。OKI率いるOKI DUB AINU BANDではアフリカ、ヨーロッパ、アジアなどで開催される海外音楽フェスに多数出演している。これまで運営するレーベル「チカルスタジオ」から23枚のアルバムを発表。2019年はMarewrew “Mike Mike Nociw”と奄美とアイヌの歌合戦の模様を収めた“Amamiaynu”をプロデュースした。

コウジ(父)/結城 幸司

1964年釧路市生まれ。木版画家。2000年にアイヌの創作者集団「アイヌ・アート・プロジェクト」を設立。2008年の「先住民族サミット」アイヌモシリ2008で事務局長を務める。木版画や木彫、語り、音楽によりアイヌ文化復興・提唱活動を行っている。2016年に東京ショートアニメーションフェスティバルで、木版画をアニメーション化した「七五郎沢のキツネ」が観客賞を受賞した。

吉田先生/三浦 透子

1996年10月20日生まれ、北海道出身。2002年にサントリー「なっちゃん」のCMで2代目なっちゃんとしてデビュー。女優のみならず歌手としても精力的に活動しており、『ロマンス』(15年/タナダユキ監督)で主題歌を担当、さらに映画『天気の子』(19年/新海誠監督)ではRADWIMPSが手掛けた主題歌楽曲のボーカリストとして参加している。近作に、『私たちのハァハァ』(15年/松居大悟監督)、『月子』(17年/越川道夫監督)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18年/冨永昌敬監督)、『21世紀の女の子(「君のシーツ」)』(19年/井樫彩監督)、『あの日のオルガン』(19年/平松恵美子監督)、『ロマンスドール』(20年/タナダユキ監督)『静かな雨』(20年/中川龍太郎監督)、『架空OL日記』(20年/住田崇監督)などがある。今後は、2020年秋公開予定の映画『おらおらでひとりいぐも』(沖田修一監督)が控えている。

岡田(新聞記者)/リリー・フランキー

1963年福岡県生まれ。武蔵野美術大学卒業。イラストレーター、文筆家、絵本作家、フォトグラファー、俳優、作詞・作曲家など、ジャンルを問わず幅広く活動。初の長編小説「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」が230万部を超えるベストセラーとなり、2006年本屋大賞受賞。俳優としては『ぐるりのこと。』(08年/橋口亮輔監督)でブルーリボン賞新人賞、『そして父になる』(13年/是枝裕和監督)で第37回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、『万引き家族』(18年/是枝裕和監督)で第42回日本アカデミー賞優秀主演男優賞ほか多数の映画賞を受賞。近作に、『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(18年/大根仁監督)、『凪待ち』(19年/白石和彌監督)、『一度死んでみた』(20年/浜崎慎治監督)、『騙し絵の牙』(20年公開予定/吉田大八監督)などがある。

スタッフ

監督・脚本/福永 壮志

北海道出身。2003 年に渡米、映像制作を学ぶ。ニューヨークを拠点に活動後、2019年に東京に拠点を移す。初⻑編映画『リベリアの白い血』(原題:Out of My Hand)は、2015年にベルリン国際映画祭のパノラマ部門に正式出品され、ロサンゼルス映画祭メインコンペティション部門で最優秀作品賞を受賞、サンディエゴ・アジアン・アメリカン映画祭で新人監督賞を受賞する。その後同作は、映画監督のエイヴァ・デュヴァーネイによる配給会社 ARRAY からアメリカで劇場公開され、2016 年にインディペンデント・スピリットアワードのジョン・カサヴェテス賞にノミネートする。日本では 2017 年に劇場公開。⻑編映画二作目となる本作は、カンヌ国際映画祭主催のシネフォンダシオン・レジデンス、NHKサンダンス脚本ワークショップ、イスラエルのサム・スピーゲル国際フィルムラボに選出された。アメリカのThe Gersh Agencyと、イギリスの42 Management and Productionに監督/脚本家として所属。

プロデューサー/Eric Nyari(エリック・ニアリ)

1981年生まれ。映画修復会社シネリック社の代表取締役、及びシネリック・クリエイティブ社長。ニューヨークと東京を拠点に活動する。『雨月物語』(53年/溝口健二監督)、『晩春』(49年/小津安二郎監督)などの4K修復プロジェクトを手がける。映画、ドキュメンタリーのプロデュースにも力を入れており、近年の作品に『CUT』(11年/アミール・ナデリ監督)、『おだやかな日常』(12年/内田伸輝監督)、『シェル・コレクター』(16年/坪田義史監督)、『Ryuichi Sakamoto: CODA』(17年/スティーブン・ノムラ・シブル監督)、『山〈モンテ〉』(19年/アミール・ナデリ監督)、『KOSHIEN: Japan’s Field of Dreams』(20年/山崎エマ監督)などがある。

プロデューサー/三宅 はるえ

大阪府出身。映画『LOVE MY LIFE』(06年/川野浩司監督)以降、国内外を問わず人間に焦点をあてた作品のプロデュースを手がける。近年の主な作品に『イン・ザ・ヒーロー』(14年/武正晴監督)、『最後の命』(14年/松本准平監督)、『at Home アットホーム』(15年/蝶野博監督)、『世界は今日から君のもの』(17年/尾崎将也監督)、ベルギー/フランス/カナダ合作映画『Le Cœur régulier(邦題:KOKORO)』(17年/Vanja d'Alcantara監督)、『あの日のオルガン』(19年/平松恵美子監督)、『王様になれ』(19年/オクイシュージ監督)、『閉鎖病棟-それぞれの朝-』(19年/平山秀幸監督)など。公開待機作に『樹海村』(21年/清水崇監督)がある。

撮影監督/Sean Price Williams(ショーン・プライス・ウィリアムズ)

1977年生まれ。ニューヨークインディーズ映画業界の代表的な撮影監督で、バラエティ誌のジャスティン・チャンは彼のカメラワークとビジュアルスタイルを「純粋な詩」と表現した。『アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー』(16年/アルバート・メイスルズ監督) を始め様々な撮影に参加。撮影監督としてサフディ兄弟監督やアレックス・ロス・ペリー監督とともに数々の作品を手掛ける。サフディ兄弟監督とは『神様なんかくそくらえ』(15年)、『グッド・タイム』(17年)、アレックス・ロス・ペリー監督とは『彼女のいた日々』(17年)、『ハー・スメル』(19年)など。

編集/出口 景子

京都出身。ニューヨークを拠点に活動。劇映画、ドキュメンタリーの両分野で活躍する稀有な編集者であり、劇映画ではそのクリエイティブを存分に発揮し、ドキュメンタリーでは独特な物語構成を用いることで知られる。50作以上の編集に携わり、数々の賞を受賞。 近年では『We the Animals』(ジェレマイア・ザガー監督)が2019年のインディペンデント・スピリット賞の編集賞にノミネート。他に『毛皮のエロス/ダイアン・アーバス 幻想のポートレート』(07年/スティーヴン・シャインバーグ監督)、『ミリキタニの猫』(07年/リンダ・ハッテンドーフ監督)、『ホット・フラッシュ~ワタシたちスーパー・ミドルエイジ!』(スーザン・シーデルマン監督)などがある。

録音/西山 徹

1972年生まれ、新潟県出身。日本映画学校を卒業後、山田洋次監督『隠し剣鬼の爪』『武士の一分』『母べえ』『おとうと』『東京家族』、中村義洋監督『チーム・バチスタの栄光』『怪物くん』など多くの作品に助手として携わる。2013年、中村義洋監督『みなさん、さようなら』にて、録音技師としてデビュー。以降の作品に、『百瀬、こっちを向いて。』(14年/耶雲哉治監督)、『闇金ウシジマくん Part2』(14年/山口雅俊監督)、『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-』(15年/中村義洋監督)、『あの日のオルガン』(19年/平松恵美子監督)、『王様になれ』(19年/オクイシュージ監督)、『犬鳴村』(20年/清水崇監督)などがある。

整音/Tom Paul(トム・ポール)

エミー賞を2度受賞した、サウンドポストプロダクションの分野においてニューヨークで最も人気の高いサウンドデザイナーの一人。過去手がけた作品に『カルテル・ランド』(16年/マシュー・ハイネマン監督)、『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』 (18年/マイケル・ショウォーター監督)、アメリカ/日本合作の『Ryuichi Sakamoto: CODA』(17年/スティーブン・ノムラ・シブル監督)、『山〈モンテ〉』(19年/アミール・ナデリ監督)などがある。今年のサンダンス映画祭には整音を担当した4作品が出品された。

音楽/Clarice Jensen(クラリス・ジェンセン)

ニューヨークのブルックリンを拠点とする作曲家およびチェリスト。名門のジュリアード音楽院大学院を卒業。作曲はループや電子効果音の連鎖を通して即興のチェロを重ねるという、独特なアプローチをとっている。ヨハン・ヨハンソン、マックス・リヒター、ビョーク、Stars of the Lid、Dustin O'Halloran、Nico Muhlyなど多数の優れたアーティストとレコーディングおよび演奏の経験を持つ。現代アメリカを代表する様々な作曲家を集めたアメリカン・コンテンポラリー・ミュージック・アンサンブルで芸術監督を務める。作曲を手がけた『Identifying Features』(フェルナンダ・ヴァラデズ監督)はサンダンス映画祭のワールド・シネマ部門で観客賞を受賞。

コメント

(敬称略・五十音順)

福永壮志監督は、『リベリアの白い血』に続き、本作で新たな達成を見せてくれた。
神聖な儀式を映画に刻むという偉業で、映画史に残る作品になるだろう。

入江悠(映画監督)

「アイヌモシリ」は普遍的なテーマを紡ぎ、独自の文化を継承しながらもそこから発展し現代を生きようとする世代間の葛藤を美しく描いている。

福永監督は本作で北海道の風景を詩的に映し出し、日本の外では多くの人が知らないであろう先住民族のアイヌに光を当てた。

エイヴァ・デュヴァーネイ(映画監督『グローリー 明日への行進』)

とっても嬉しくなりました。
冒頭、1カット目で、その世界に連れて行ってくれる映画。
画面から匂い立つ、そこで生きている人々の温度。
「静けさ」を孕んだ作品でした。

岡山天音(俳優)

何かを失って辛いということは、心の中にあるということ。
人々の言葉が、衣服が、音楽が、舞踊が、そして少年の強い瞳が、あまりにも真実味を帯びて語りかけてくる。
映画が終わったあとの暗闇にまで、アイヌの魂が浮かび上がる。

小川紗良(女優・映像作家)

冒頭で見た主人公カントの眼が忘れられない。この映画を観終わったとき、あの眼の奥深くへ行って帰ってきた気持ちになった。
気軽に旅行ができない今だからこそ、観れて良かった。

尾崎世界観(クリープハイプ)

地図から線が消える日を想像してしまう。
気が遠くなるほど先かもしれないが、
『地図にはたくさんの線が必要だったんだよ』
そんな声が聴こえそうだった。それくらいに彼らから感じる地球との絆はとてつもなく長いように感じた。

片岡礼子(女優)

アイヌの伝統儀式を継承することの難しさ。
日本人としてちゃんと知るべき事実が美しく詰め込まれていました。

甲田まひる(ジャズピアニスト・女優)

『アイヌモシリ』には
"本物"しか映っていない
"本当"しか描かれていない
熊のチビの瞳に映るモノは何なのか
そしてカントが"アイヌの今"として存在し
我々人間の未来を聡明に照らす

斎藤工(俳優・監督)

いい映画だと思う。
少年が伝統との葛藤のなかでアイデンティティに目覚めていく過程も、嘘なく描かれていていいね。

坂本龍一(音楽家)

「大半の日本人は自分のルーツすら見つめようとしない」
本作の撮影前、福永監督が仰った言葉にはっとした。
出自と世界との距離を掴もうとしない事は、まるで生きていないかのようだ。
コロナを経て、僕らは今一度“生き、生かされている”事を感じなければいけない。

清水崇(映画監督)

まるで透明人間になって、阿寒アイヌコタンの人々の日常に入り込み、目の前で生活を見ているような気分であった。

中川裕(言語学者・千葉大学文学部教授/「ゴールデンカムイ」アイヌ語監修者)

声にならない亡き父への少年の想い。関わり合う隣人たちが彼を自己に向かい合わせ、悩みながらも彼の瞳には自我と言う炎が灯り始める。その瞬間に立ち会おう。

奈良美智(美術家)

私たちの暮らしが、川のように絶えず流れ続けているのは、常に新しい水が注ぎ込んでいるからだ。日本にはアイヌという川は今日も流れている。

松浦弥太郎(エッセイスト)

少年とロックンロール、ここじゃない何処かへ、
それは北海道・小樽で育った自分にとっては、生々しく境遇を重ねながら観ました。
オープニングの民俗楽器のサウンドがカッコ良すぎるのと、下倉幹人君の目力が印象的。
阿寒のアイヌコタンに行ってみたいな。

山中さわお(the pillows)

伝統と現代の衝突、そして少年カントが成長するにつれて見出す重荷をも描き出した映画。彼は個人として自由に生きるのか、それとも自分の一部としての過去を未来に繋げることを選ぶのか?この映画は、私たちそれぞれがルーツに関係なく、自分の問題として考えるきっかけを与えてくれる。

YOON( AMBUSH®︎ クリエイティブディレクター)

劇場情報

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特典オリジナルポストカード付き!(数量・取り扱い窓口限定)

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